37歳から高度不妊治療開始、45歳で出産、その後・・・
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プロフィール

たみ

Author:たみ
年齢:46歳

30歳の時、両卵管閉塞が発覚し
体外受精を試みるも
精神的に撃沈して離婚。
その後、共に歩いてくれる彼と
出会い、再度体外受精に
挑戦し、8年目、45歳でやっと
授かり無事出産しました

今までの治療に関しては
カテゴリ「治療履歴」
をご覧下さい

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2013.04.30/ 23:45(Tue)
本日の体温、37.06。

世間はゴールデンウィークですね。
今年はどこにも行かず、じーっと家でいい子にしておこうと計画しています。
毎年のことながら、どこに行っても人は多いし、道路は混んでるし。

そんなGW前半戦、やっと12wに入り4か月目になりました。

11w2dでの診察から6日で、赤ちゃんは5.79㎝にまで成長してくれていました。
エコー写真には、13w0d相当と出ていましたが、これは赤ちゃんが
のびっ!としたらサイズは変わってくるので、「順調に成長してる」目安。
2週間後の妊婦健診からは、腹部エコーになり、赤ちゃんの色んな部分を調べていきます。

やはり、気になるのは障害のこと。
ダウンだけでなく、内臓の疾患やその他、エコーで分かることは限られていますが、
丁寧に診てもらうことで、私たちが準備を始めて行かなければいけないので。
今のところ、羊水検査は初めから視野には入っておらず、受けるつもりはありません。
しかし、重度の障害を抱えていることが妊娠中に判明した場合、
私はきっと、15年、20年後のことを考えて何か行動を起こすかもしれません。


体外授精を繰り返して行くうちに、いやというほど知らされる事実。
生まれてくる子は、どんなことがあっても生まれる運命なのだということ。
染色体異常をもつ卵は、卵の段階で自然淘汰されていきます。
痛い注射を繰り返し、卵をたくさん作って採卵しても、生き残る卵はわずか。
その中から、授精出来ない子、授精しても成長出来ない子、移植しても消えてしまう子。
子供たちは卵の段階から、自分の意思があるかのようです。

この世におぎゃーと産声を上げて出てくる子供は、奇跡の子なのですね、本当に。
そして、赤ちゃん自身が生まれる、生まれないを決めているのだなと思います。


実は、3日前の土曜日に、彼に風疹の予防接種を受けてもらいました。
20年以上お世話になっている内科の先生のところに、妊娠の報告がてら私も行きました。
私自身は、風疹の抗体があるので、もしどこかでうつされて帰ってきたとしても
うつる心配はないのですが、妊婦は私だけではないし、春は妊婦さんも増えるし、
妊婦さんを守るために接種してもらいました。

先生との面談を受付でお願いして、先生に妊娠3か月の報告。
「何度目の正直?」と聞かれて、「8年目の正直ですよ(笑)」
そこで、先生にお願いしてみました。「腹部エコーで動いてる赤ちゃんを見せてくれませんか?」と。
すると先生は、「いいよ♪」と診せてくれました。10分近くゆっくりと。
そこには、しっかりと脈を打つ心臓や伸びてきた手足がしっかりと見えました。
そのうち、手足をバタバタさせてぐるぐると回転し始め、元気な姿を見せてくれました。
動く心臓は普段の内診で見ることがありますが、動き回る姿は私も初めてでした。
彼はエコー写真以外見たことがなかったので、すごく感動してくれました。
2人にとって、赤ちゃんを実感した時間でした。


次の診察は2週間後の妊婦健診です。
担当医が院長先生から、もう一人の先生に変わります。
それまで何事も起こりませんように。

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