37歳から高度不妊治療開始、45歳で出産、その後・・・
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プロフィール

たみ

Author:たみ
年齢:46歳

30歳の時、両卵管閉塞が発覚し
体外受精を試みるも
精神的に撃沈して離婚。
その後、共に歩いてくれる彼と
出会い、再度体外受精に
挑戦し、8年目、45歳でやっと
授かり無事出産しました

今までの治療に関しては
カテゴリ「治療履歴」
をご覧下さい

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2015.10.05/ 02:48(Mon)
入院から17日、土曜日に無事退院いたしました。

残っていたドレーン2本が抜けたのは術後13日目。
まだ一日90㏄近く出ていましたが、主治医は「感染の方が怖い」と抜きました。
形成の先生が気にしていた部分の貯留は、エコーで確認するも見当たらず、
そのうち落ち着いてくるだろうとのこと。

全体を圧迫していたサポーター地のチューブトップも外され、
現在は乳がん用ブラを着けています。前開きってだけのような気がする。

退院前日になって発熱しました。
夕方から寒気がして38度を超える熱でしたが、痛み止めを飲んで様子見となりました。
翌朝は熱も下がっていたので、無事退院の運びとなりましたが、未だに痛み止めは飲んでいます。

土曜日、日曜日にかけて微熱は続いており、夜になると38度くらいまで上がるのですが、
赤身もなく、熱もさほどもっていないようなので、痛み止めで解熱対応しています。

というか、娘がずっと鼻かぜをひいており、夜は私と同じように熱が上がるので、
寝ずの番になっています。

家の中ではまだ、思うように動けずにいるので洗い物さえままならず、食事の支度もできません。
義母もさすがに疲れを出しているようなので、主人と相談して夕食材料をとることにしました。
義父も抗がん剤の副作用で、体がだるく調子が悪いと段々と動かなくなってきており、
義母も義父の食事と、私たちの食事となると気も使うでしょう。
こっちもいつまでも上げ膳据え膳ってわけにもいかないしね。

今週の金曜日に、乳腺外科の外来予約が入っていて、そこで病理検査の結果を
聞くようになると思われます。
抗がん剤治療があるかないか、そこが私にとって超えるべき壁のようですが、
これから先20年生きるための選択をするようになると思います。


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